人的資本経営と福利厚生…可視化指針にみる福利厚生
2026
4/23
令和4年6月、内閣官房から「人的資本可視化指針」(案)」が提示され、パブリックコメントが募集された。その後、8月、非財務情報可視化研究会から「人的資本可視化指針」が示された。もちろん、対象となる企業は上場企業ということになるのだが、企業価値の向上を目指すという点や、実際に今後の労働市場での人材争奪戦の新たな軸となる可能性も高く、さらには、いずれ銀行などの間接金融機関も融資判断要素のなかに、この人的資本の収益力などに着目することになっていかざるを得ないとも予想される。となれば、非上場企業、中小・中堅企業にとってもこの動き無視することはできず、追随していくしかなかろう。
こうして、いよいよ本格的に人的資本経営へのシフトが始まろうとしているわけである。
ただし、この人的資本経営そのものが全く新規の経営モデルというわけではない。日本企業がこれまで営々と努力を続け、ノウハウを蓄積してきた「人」を中心とした経営、「人を大事にする」経営を根本から変えようとするものではないと筆者は考える。
これまでの一般的な呼称、すなわち「人材」「人的資源」などとしていた「人」、つまり「労働者」という存在を、資本市場や投資家の世界で多用されてきた“資本”という概念を加えて多面的に捉えようしている理解が重要であろう。その“資本”という観点を加えることで、これまでの人事管理、人材戦略をより企業価値の向上に直結できるものへと進化させる、という話なのである。そして、“資本”としての実態、可能性、マネジメントの適否を投資家や資本市場に対して開示することで、ある種の投資価値判断を求めることになるわけである。
ここで気になるのが、人材、人的資源としてのこれまでのマネジメントと、人的資本としての新たなマネジメントに何の違いがあるのか、という疑問点ではなかろうか。また、新たな“資本”という視点が加わることで、これまでの人事労務制度・施策をどう改革し、あるいは制度・施策をどうスクラップ&ビルトするのか、という制度改革の方向性を考えなければならないだろう
今回からはこの可視化指針を順次参照しながら、この疑問点や方向性を見極めながら、これまでの福利厚生制度・施策の蓄積をいかに可視化していくか、そして新たな人的資本への投資としての福利厚生の導入・運営へと、いかに進化させていくべきかをも含めて考えていくこととする。
まず、今回の可視化指針の冒頭には、「1-1.人的資本の可視化へ高まる期待」として、今回の大きな動きの背景について改めて9項目で整理を行っている。この中でまず注目したい点は、「自社の人的資本への投資は、財務会計上その太宗が費用として処理されることから、短期的には利益を押し下げ、資本効率を低下させるものとしてみなされがちであった」とした部分であろうか。確かに、欧米企業では短期的な利益を確保するために、リストラ(人員削減)を常套手段として使っている。最近も米国大手の投資銀行が数千人の従業員削減を打ち出して大きなニュースとなっていたように、いわゆる人件費は損益計算上のコストであって、直接的に利益を減じる存在である。わが国でも不況となれば賞与を減らし、法定外福利費を節約する、といった対応をとる企業は少なくない。これは単に株主利益の確保ということだけではなく、倒産回避といった切実な事情が背景にあることもしばしばである。費用であるという事実は当然、認めるしかない。特に短期的には。ただし、これは人件費、つまり人的資本への投資に限ったことではない。設備投資や原材料調達など物的資本であっても、費用として短期的には利益を減じる点では同様である。しかし、需要がある限り、つまり売上が見込める限りでは、原材料等の調達を抑制することは少ない。しかし、指針では「足下の利益を確保するために人的資本への投資は抑制されたり、後回しにされたりしやすい」と指摘している。
では、この「物的資本への投資(費用)」と「人的資本への投資(費用)」に対する企業行動の違いの原因は何なのか。いくつか決定的な違いがあると考えられる。
まず、設備や原材料にはリユース市場があり、いつでも現金化して一定の減価率で資金回収が容易である。しかし、人的資本ではそれが難しい。確かに転職市場はあるが企業が人件費を回収できるわけではない。人身売買はありえないので当然である。それどころか教育訓練投資分を持ち逃げされる。そして何より転職によって、投資した資本がライバル他社に自律的、企業にとってアン・コントローラブルに逃避してしまうリスクを常に抱えることになる。だから、従業員に使った費用はサンクコスト(埋没費用)となってしまいやすい。となれば、企業が投資を躊躇するのは頷ける。
次の相違点は、投資した時点から最終的な利益を得るまでの時間が予測困難な点である。物的資本ならば、設備が稼働し、原材料が加工され、商品として市場で出れば、一定の販売期間を見込んで売上、そして利益となる予測は比較的容易である。しかし、人的資本への投資が売上、利益として回収される時間は予測が難しい。特に、追加的な投資を行った際の物的資本と人的資本での回収期間、回収効率での不透明感の較差は大きいだろう。福利厚生についても当然、このことは言える。例えば、法定外福利費として計上して、健康経営のために新たにヘルシーメニュー開発に費用をかける、自己啓発の利便性を高めるべきe-Learnningサービスを導入するといった費用の支出、つまり、これらの投資を行ったときに、いつその費用が回収できるのか。いつその費用を上回る収入(売上、利益)を得ることができるのか。これはなかなか予測しがたいのである。悩ましい表現になってしまうが、リストラすればすぐに費用として減るが、投資をしてもいつリターンが得られるか定かではない、という特性が人的資本なのである。日本企業の多くが終身雇用、年功賃金という処遇を採用し、成功したのは、かつてLazear( 1981)が指摘したように長~~い投資回収期間(長期勤続)を確保しておいて、初期投資はできるだけ少なくする(若年期の低賃金)という、人的資本のこの特性を上手く受入れた仕組みだったからである。
さらにもうひとつ、物的資本にはない厄介な特性が人的資本にはある。
人的資本という資本はある共通の容器に入っているというテク性がある。それは「人間」という容器である。
まず、容器には「感情」がある。そしてこの「感情」によって中身に入った資本の活用効率を大きく左右されてしまう。労働研究界の古い諺に「Happy worker is productive worker」というものがあるが、まさにこれ、である。逆に言えば、Unhappy worker is not productiveということになるわけで、このproductiveを、今、われわれが求めている価値の生産性だとすれば、物的資本への投資のように費用を支払えば、ほぼ一定の投資効果(価値創造)が見込めるのとは違い、常にHappyでいてもらわなければならないわけである。人間という容器に封入されているから避けられない。しかし、前夜に夫婦喧嘩した従業員がご機嫌であるはずもなかろう。
実はこの容器の厄介な点は「感情」だけではない。「健康」もしかりである。設備や原材料ならば企業が正しい管理、貯蔵を行えば大丈夫であるが、いくら健康経営に注力したからといって、私生活で暴飲暴食を続ければ、すぐに健康は損なわれてしまう。
また、この容器には「人権」があるので、健康的な行動・習慣を無理に強制することは当然、できない。わが国でも益々、労働者保護法制が整備、進展している。昨年には、中小企業まで対象としたパワハラ防止法(略称:労働施策総合推進法)が施行されたことに象徴されるように容器である人間を合法的に守ることが求められている。大事なことではあるが、投資・回収として考えるとなかなかに面倒な特性ともいえるだろう。
さて、このように人的資本への投資が、物的資本などの他の資本への投資とは様相が異なる状況があることが確認できたわけだが、いかに良き投資を行うか、悩ましいところである。
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