福利厚生の目的を考える⑧….リファラルでの福利厚生の活用
2026
4/22
労働市場の売り手基調が続き、中小企業や一部業種での人手不足が深刻さ増す中で、“古くて新しい”採用方法が注目を集め始めている。それが古称では縁故採用、コネ採用といわれた方式である。現代的には「リファラル採用」と呼ばれる方式である。
わが国では、新卒一括採用が採用の中心的慣行であることもあってか、従来はこの採用方式の評判は芳しくなかった。何やら不正な臭いのする採用であり、決して優秀ではない人物の採用につながるイメージが強かった。この風潮に一石を投じたのが、老舗出版社の岩波書店である。2013年度の定期採用(中途採用含む)において応募条件として「岩波書店(から出版した)著者の紹介状」を掲げた。一般の学生にはそうした人脈があるとは考えづらいことから、これが事実上、縁故採用に限る方針を示したことになった。賛否両論はあったが、大量応募に対応するコスト節減の合理性も理解されるようになると、これもひとつは採用戦略であると一定の理解がなされたものと考えられる。
それでもまだ日本では「縁故(コネ)」採用というと,取引先企業の役員や自社の経営者の親族の就職の世話を頼まれ,仕方なく基準を満たさない人材を採用するという悪いイメージは残っている。しかし、目を海外に転じてみると、杉田(2012)の報告では、2012年の米国での採用経路の調査(CareerXroads,“2012 Sources of Hire: Channels that Influence)において、すでに「リファラル」が28.0%と最も多くなっており、「求人求職サイト(20.1%)」「自社の求人サイト(9.8%)」を上回る中心的な採用チャネルとなっている。制度としては「社員リファラル制 度(Employee Referral Program)」と名付けられており、既存の自社従業員による紹介・斡旋による採用となっている。
岩波書店のケース以来、目立った動きがなかったリファラル採用だが、近年になって本格的にこの方式の導入を図る企業が増えてきた。例えば、SNS大手のLINEでは、採用の中核に社員リファラルを据えた採用を展開している。企業理念への共感、即戦力性、チーム業務の円滑性などを重視した決断である。こうした新たな動きの背景をまずは理論的に考え、さらに福利厚生との接点を考えてみたい。
新卒一括採用や官民の求人求職機関での斡旋を基本としたわが国での採用戦略のなかで、なぜリファラル採用が注目され始めたのか。この背景は労働市場における「情報の非対称性(information asymmetry)」から派生して、人材の採用から活用までの過程で様々な問題が生じている点がある。企業と労働者が労働力の取引を行う労働市場では、企業はその取引相手となる多数の労働者に関して個々に詳細な情報を得ることは難しい。一方で同様に労働者、特に新規学卒者のように社会人経験のない労働者予備軍にとっても、多種多様な膨大な企業群を前にして、自分に就労観、就労ニーズを満たす企業がどこに存在するかを探索することは困難となる。
しかしそれでも就活-採用という方式が取られ、内定という労働力予約契約が成立するわけだが、双方が不十分な情報の下での取引成立となる可能性が高い。結果的に入社後に、企業にとっては内定からの逃亡者が後を絶たず、あるいは入社しても期待外れの人材であったりと採用管理のコストパフォーマンスが低下している。また労働者にとっては入社するがミスマッチな職場に適応できずに早期離職やメンタル不全に陥ったりする。学生に人気のない中小企業での採用難なども同根である。こうした問題の根源ともいうべき情報の非対称性を軽減する採用方式としてリファラル採用の有効性に頼りたくなる実態があることは間違いないだろう。
既に活躍している自社の社員からの紹介によって人材を得る方式には採用数の確保、採用コスト節減、定着性等の様々なメリットがあるとされている。これらのメリットの多くは自社社員という中間的な情報媒体が介在することで情報の非対称性を大幅に軽減することによる効果である。
この中間媒体である既存従業員が福利厚生の現役ユーザーである点が重要となる。まず自社に満足していない従業員がリファラル採用に積極的に協力することを望むことは難しい。紹介で入社した社員が入社後に、紹介者に不満を訴えることが懸念されるからである。一定の満足感があってこそ、有能な人材の紹介に協力しようという姿勢と形成されるからある。この紹介者当人の会社満足感の形成には、当然、福利厚生によって提供される働きやすさ、安心感、従業員間での一体感などが強い影響を与えるわけである。
また、福利厚生の利用者としての実感的な評価が、被紹介者にかなりリアルな実態として伝えられる効果は大きいだろう。これまでの採用では福利厚生に関する情報を十分に得ることは難しかった。採用面接で「住宅手当はいくらですか?」と勇気ある質問ができる応募者は少ない。生活設計には実に重要な情報だが、こうした功利的、現実的な質問はなぜかタブー視されてきたわけである。しかしリファラルでは、紹介者からほぼ完全なリアル情報が得られることになる。「福利厚生を充実させて、採用力強化につなげたい」と望むならば、リファラル採用が即効性があるかもしれない。
リファラル採用は多くのメリットが期待されているが、一方で懸念点も指摘されている。まずは、この採用方式には「エージェント問題」がある。企業が人材の発掘と紹介、説得を依頼するプリンシパル(依頼人)となり、それを委託され、代行する社員はエージェント(代理人)として位置づけられる。このときエージェントがプリンシパルに比べて、当然、当該人材に関するより多くの情報を有する優位な立場となる。有利な立場は誘惑的なもので、それを利用すればエージェント自身にとってより多くの利益となる行動を採らせてしまう危険性を排除することは難しい。
例えば、同じ職場に着任することを前提となれば、エージェント自身に従順な人材、あるいは能力の劣る人材を優先する可能性が出てくる。成果能力主義の評価制度が広がる中では自然な反応である。つまり、エージェントのもつ紹介可能な人材母集団の中で、必ずしも企業にとってベストな人材が紹介される保証はないのである。これは「エージェンシー・スラック(agency slack)による利潤減少」といわれる問題である。スラックとは「ゆるみ」とか「たるみ」と直訳されるが、まさにエージェント(紹介者)は、プリンシパルの見ていないところでは必ずしも常に最善の行動を採るとは限らないことを前提としなければならないわけである。
このためエージェントの行動を監視・チェック・是正するためのコストが追加的に発生する(agent cost)。実際のリファラル採用制度においても紹介報酬を設定するケースは多い。これはある意味で健全なコストである。しかし、このコストを紹介報酬や採用活動に伴う交際費などに留まる保証はない。既に指摘されているが、個々のエージェント自身に従順な人材採用が優先的に採用され、ある種の非公式組織(昔でいうところの社内派閥的な組織)が形成されることでその組織に属さない優秀な人材の排除、不遇、パワハラなどが発生するまでに至ると、組織全体の活性が阻害される。この懸念への対応としては社内全体でのコミュニケーションの活性化を図ることがある。紹介者以外の多くの既存社員との交流を福利厚生でのレクリエーション施策等で早々に深めていけば、紹介者だけに依存することは回避できるのではなかろうか。
さて、世界的には既にスタンダードな採用方式でありながらわが国では、定着しなかったリファラル採用だが、企業にとって厳しい労働市場環境が続く中で広がる可能性は高い。そこで福利厚生を活用すれば、より効果的な方式となるりではなかろうか。
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