福利厚生によるコミュニケーション活性化事例…東急電鉄(2011年当時)

  • 福利厚生によるコミュニケーション活性化①
    ―職場の寒冷化にいかに対処するか―
     
  • 職場におけるコミュニケーション不全が指摘される機会が増えているように思う。和気藹々とした雰囲気とはほど遠く、みんな黙り込んで黙々とただデスクに向かい、俯いてキーボートを叩く音だけがこだまする...。これを職場の寒冷化と呼ぶらしい。地球が温暖化するなかで、職場だけが氷河期を迎えているのだろうか。
    職場の同僚同士、上司と部下、経営者と従業員、労働組合と従業員、等々、本来ならば、良好なコミュニケーションを取るべき関係者間で、どうもうまくいっていないようである。
  • なぜ、経営組織においてコミュニケーションが重要なのだろうか。
    企業という経営組織を維持するためにコミュニケーションは、最も重要な、そして不可欠な要素であることは、遠き昔に、偉大な経営学者によって既に指摘されている。近代的組織論、近代的管理論の祖といわれるバーナード( Chester Irving Barnard 1886‐1961 )は、その主著、『経営者の役割(The functions of the executives) 1938』のなかで、組織として成立する三大要件として、「伝達」「貢献意欲」「共通目的」をあげた。この三つの要件が存在しない組織は、「組織」と呼べるものではなく、ただの「集団」でしかないと断じたのである(図表1/概念図)。
                    
  • つまり、①相互に意思を伝達できる人々がおり、②それらの人々が組織に貢献しようとする意欲をもって、③共通目的の達成をめざすときに、はじめて「組織が成立」するというわけである。従業員、経営者一人一人が組織の共通目的に対して焦点を合わせた活動ができること、つまり、ベクトルを同方向に揃えるためにコミュニケーションが不可欠なのである。経営資源のロスを最小限にすると、同時に速度の速い行動を実現するためである。
    適正なコミュニケーションがなされることが、企業が組織として有効に機能するために最も需要な要素の一つであるという点には、今も昔も変わらない。この点には、もちろん異論はないのだが、これほどICT(情報通信技術)が社内・外に浸透し、コミュニケーションのためのコストそのものが劇的に下がった中で、コミュニケーション不全が、しばし指摘されるということは、ある意味で不思議であり、何が起こっているのだろうか、と思う。量的な抵抗感の消滅が、かえって重要な質を希薄化させているのかもしれない。
  • 最近の企業調査などをみても、確かに社内のコミュニケーションを問題視している企業は多い(図表2)。この調査でも、7割高い企業が満足できていない。また、どの部分のコミュニケーションが不足しているか、という点についても「部門間」「社員相互間」「上司-部下間」「組織機能間」の順に高くなっている。ふだん、接点の少ない「部門間」という点が不足しやすいという点は、状況的にわかるが、「社員相互間」が二番目に、四割近く不足しているということには少し驚かされる。“寒冷化”が進んでいるのであろうか。
                  
     
                
                  『ビジネス・コミュニケーション白書2010』 
                  社団法人日本経営協会(全国の企業・団体 298社)
     
  • 先にも触れたが、このIT時代にコミュニケーションそのものに何か障害点があるとは思えない。問題は、話したい、話そうとする動機の不足であり、その前提となる人間関係の構築ができていないということに行き着くのではなかろうか。誰もが見知らぬ他人には話しかけづらいものだし、共通の話題や関心事がなければ何を話せばよいか、わからず続かない。コミュニケーション理論では、情報の発信者と受信者との間の信頼感や親近感といった関係性の構築、そして、やりとりされる情報そのもの、つまり情報コンテンツが何か、という点が重要な要素となることが指摘される。
    福利厚生は、企業内の各種の人事施策のなかでも、コミュニケーション活性化を一番の得意分野としているのでないかと筆者は常々、考えている。発信者と受信者の関係性の構築、そして共通の情報コンテンツの提供、という両面が揃っている施策と考えられる。
  • もちろん、福利厚生が得意とするものは、業務上のコミュニケーション(例えば、“ホウレンソウ(報告・連絡・相談)”)という公式な、堅苦しいものではないだろう。そうした義務的なハードなものではなく、職場の同僚である社員同士、上司と部下、そして普段は接点の少ない他の職場、他の事業所の従業員同士が、胸襟を開いて人間同士のソフトなコミュニケーションを始めるためには、最も有効な施策であり、結果として様々な効果をもたらしてくれる。ハードな、フォーマルな公式のコミュニケーションの土台、基盤となるソフトな、インフォーマルなコミュニケーションを活性化する力があると考えられる。
  • 例えば、社宅・独身寮といった大がかりなハコものを始め、社内旅行、社員食堂、社内カフェ、スポーツ・イベント、ライフプラン・セミナー等の各種セミナー、社内報償制度、相談室、掲示板、等々多様なコミュニケーションの場を提供し、そして動機付けている。最近の例では、大手商社が先輩と後輩が同居する独身寮を十数年ぶりに復活させた。都内の賃貸マンションを4棟借り上げ、新入社員114人の大半が入り、2~3年目の若手約200人も引っ越させた。同社の人材開発室は「寮生活を通じ人間関係を培い、異なる個性をぶつけ合い切磋琢磨する中で若手に自由闊達な社風を取り戻させる」と語っていた。結果的には、そこでのオフ・タイムのコミュニケーションを活性化されることで、学卒入社組の早期離職の予防やメンタル疾患の予防的な効果も期待できるだろう。
    このあたりの効果やメカニズムも含めて、今回と次回にわたって、福利厚生によるコミュニケーション活性化について、いくつかの分析例や事例を参考としながら、じっくり考えてみたい。“職場の寒冷化”への切り札として、いよいよ福利厚生の出番だ、というわけである。
    まず実証研究において、筆者は何度か大規模な標本調査から、実証的に福利厚生の経営的効果を抽出するなかで、コミュニケーション効果は最も強い説明力をもつものであることを確認してきた。例えば、図表3は、2007年に行った正規従業員、約二千人から採取した実感する福利厚生の効果を、因子分析という手法を用いて集約し、その深層にある因子を抽出した結果だが、第1因子として「職場/仲間因子」と名付けるべき因子が抽出されている。この効果因子は、従業員が様々な福利厚生施策の利用経験によって、「会社の仲間と親しくなれる」「一体感がもてる」「雰囲気がよくなる」「コミュニケーションが良くなる」という具体的反応(従業員評価)をもたらしている因子であることが明らかとなった。そして、この「職場/仲間因子」は、従業員の情緒的コミットメントの形成について影響を与えることに検証することができた。
               
     
  • では、もし、こうした活性化施策が縮小されて、コミュニケーションの希薄化(≒職場の寒冷化)が、さらに進行すると何が起こるのか。職場に何をもたらすのだろうか。その冷害による負の経営的効果ついても想定しておこう。
    まず、そうした寒冷化した職場では、従業員の心理的ストレス耐性の低下が懸念される。気軽に冗談も言えないような緊張感がずっと続いているような職場では、ベテランも新人もストレスが蓄積されることは間違いない。そうした沈鬱な緊張感が続けば、メンタル弱者からメンタル不全の発生確率が高まり、やがて蔓延してゆく可能性も出てくる。学卒入社直後の新人などは、メンタル弱者となりやすいのは当然で、「新規学卒の“七五三問題(早期離職)」に発展しかねない。筆者は、就活に成功して社会に出る四年生に、いつも「笑って誤魔化せる力を付けなさい」という言葉を贈ることにしている。それほど、今頃の学生というのは、気の置けない友人のなかではノリがいい半面、妙に生真面目すぎて落ち込みやすい傾向が強い。誰も冗談も言えないような暗い緊張感の職場環境には一番、弱いタイプとも言える。近年の就活では、人事部門がコミュニケーション能力を重要な選択基準、評価基準とする動きが続いているが、それは逆の見方をすれば当該能力が今日の一般的な学生の多くに必要十分なレベルで備わっていることが希であるであることの証左でもある。これは本末転倒でもあり、人事部はもっと、コミュニケーションの活性化に注力し、コミュニケーション力が多少劣っていても、長く良い仕事ができる環境整備を積極的にすべきなのである。そこで手を抜いて、放置しておいて、コミュニケーション力の高い学生ばかりを求めるというのは、いかがなものであろうか。
  • いずれにしても、手間暇のかけ、多額の募集コストをかけて、ようやく採用した新人に、コミュニケーション問題などで次々と離職されさては、実にもったいない話であり、ロス(損失)である。また、そうした事態が長く続まようであれば、技術の継承、顧客の信頼等、企業経営にとって本当に貴重なものまでを損ないかねないことにもなるだろう。
    もちろん、新人層だけが“寒冷化”の冷害による被害を受けるわけではない。そうした暖かみの感じられない職場では、従業員同士の一体感が阻害され、結果としてチーム力の低下は避けられない。健全なリーダシップが機能し、メンバー間での相互補完関係が成立してこそ、チームとしての十分な力が発揮される。コミュニケーションが低調なものとなれば、チームとしての活性を維持・向上させることは難しくなり、結果として業績が上がらず、社内の評価が下がるということにでもなれば、メンバーのモチベーション、モラールの低下にまで繋がってしまいかねない。
     
  • こうしたコミュニケーション危機に対して積極的に取組み、成功している企業事例をいくつかご紹介し、今日的な対応のあり方について考える材料としてみたい。
  • まず、東京急行電鉄の取組みをみてみたい[i]
    ご承知のとおり、渋谷を中心的な拠点とする首都圏の大手鉄道サービス企業(鉄軌道事業、不動産事業等)である。2006年度には私鉄で初めて(東京メトロ除く)年間乗降客が10億人を突破している。従業員数5265人(2011年7月時点)を擁している。常に安全で正確な運行を確保し、乗客に喜ばれるサービスを提供するために、24間体制での厳しい業務、責任の重い業務が従業員に求められる事業である。
    当社の人事部では、2008年から『社員サービスガイドブック』を作成し、対象社員全員に配布した。これは、社内の福利厚生制度、退職給付制度(確定拠出型年金制度)等をわかりやすまとめた冊子資料である。そして、この資料の紹介、解説も含めて社内制度の周知のため、各地の現業職場を、実際に人事部福利厚生課のスタッフが交代で分担して、『職場行脚』と題した説明会を、実に100回も開催した。これは、冊子を本社から一方的に配布しただけでは、十分ではなく、現場から、「『社員サービスガイドブック』を見たけれど、もう少し説明をしてほしい」「従業員持株会の一部引出をしたいけど、○○證券の口座がいるって本当?」などといった、より踏み込んだ様々な疑問が出来たために始まった“行脚”である。ガイドブックがひとつの刺激となって従業員の関心を高め、そして、その反応に対して実に丁寧な対応を行ったのである。
  • この『職場行脚』と名付けた職場訪問活動を徹底的に重ねるなかで、単なる冊子の追加説明、補足説明に終わるだけではなく、現場の従業員の声を直接、汲み上げる努力を行った。人事部門が現場を歩き、現場の従業員の声を直接、聴こうとする対応は貴重であり、本当に何が求められているのか、どこに問題があるのかを実感することができる。その好例なのである。
    今回、紹介する社内コミュニケーション施策を推進するに至ったのは、このときの現場の声に対応する形で始められたものである。直接的に、従業員のニーズを確認することができたことが、有効な制度開発に活かされることにも繋がってゆく典型的なケースである。
     
                        現場の声からニーズを把握の流れ
                     
     
  • 具体的な、コミュニケーション推進策として、詳しく紹介したいのは、二施策である。
    まず、第一が「東急ファミリーツアー」である
    これは、職場や家族を対象として、職場見学を通じ、東急電鉄の行っている仕事がどんなものか、そして家族(父親、母親)が実際にどんな仕事に従事しているかを家族、子供達や配偶者に実感をもって知ってもらうためのイベントである。
    主催の人事部門の目的とするところは、①東急電鉄の仕事を大局的に知ると共に、各職場の取り組みを学ぶ(開発・営業・安全など)、②家族の絆を築く、③自分の役割を知る、④会社を好きになる、の四点を設定している。
    本社(渋谷)と元住吉事業所の二カ所で行われて、子供達が当社の中を詳しく見学し、経営層が直接対応するなかで、家族が普段、どんな職場で、どのような仕事をしているかを知ってもらう。また、鉄道事業の厳しい業務実態や社会的意義についても、模擬装置を展示して実感できる体験を行ってもらう。鉄道の安全運行を支えている職場である運輸司令所・奥沢乗務区の見学などである。こうした体験は訪問した子供たちが感動するたけではなく、父や母である従業員にとっても、自らの従事する仕事の意義を改めて実感できる機会を提供することになる。もちろん、彼らが帰宅すれば、子供達と、父や母の仕事、鉄道事業というものついて話をし、家族団らんを深めることにも繋がっていく。そして、そうした機会を提供してくれた企業に対しても親近感や共感、忠誠心などの感情形成に寄与することにもなる。
  • コミュニケーション活性化としてみると、経営層と従業員・家族という「タテ」の次元でのコミュニケーションの活性化。従業員と家族、従業員同士という「ヨコ」の次元でのコミュニケーションの活性化、この二次元での大きな刺激剤となったと考えられる。特に、後者の家族との良好な関係づくりへの貢献は、メンタル面でのワーク・ライフ・バランスの改善に効果があることも見逃せない点である。
     
    東急ファミリーツアー(本社)の様子

    東急ファミリーツアー(元住吉事業所)の様子

     
  • この、ファミリーツアーの参加者からは、以下のような反応が得られている。当初、期待していた効果が得られているのではなかろうか。
    (参加者の感想文から)
    ・働いている方の日々の努力があって私達も安全に乗ることが出来ることを感じた。
    ・鉄道を動かすだけでなくすべての流れが分かり楽しかった。
    ・イベント専用の電車前で写真撮影画出来てよかった。(in本社)
    ・いたれりつくせりの対応に感謝・名刺交換、電話、受付・・・全部よかった。
    ・クイズおもしろかった・バッチ気に入った。
    ・子供の発表の機会ともなり良かった(子供が成長したように感じた)
     
    もう一つのコミュニケーション活性化策は、「グル☆コミプラン」と名付けられた施策である。これは職場の同僚同士、部下と上司、同期入社組、等々の“グループ”が、仲間となって“グルメ”(おいしい食事、おいしいお酒)を楽しんで、コミュニケーションを深めよう、という施策である。プランの内容としては、東急グループ各社の協力を得ることによって、ホテルでの宴会、ボーリング+宴会、スパ+宴会などの形で、飲み放題が楽しめる。これは、「旧社員クラブ」をイメージして企画されたもので、職場の仲間同士で気軽に利用でき、かつ費用面での負担も軽い、料金、期間は以下のとおりである。
    【料金体系】*会社補助金2,000円 個人負担: 2,000円~4,000円程度
    【実施期間】 年2回(春・秋):期間内に一人一回利用可能
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  • 昨今は、昔のように日常的なノミニュケーションもなかなか難しい面がある。こうした施策に背中を押されて、仕事でしかコミュニケーションの無い人同士や、職場では相談できないことを気軽に上司に投げかけてみる、など人間同士の気の置けないコミュニケーションができれば、それぞれが職場での居心地が良くなるものである。それが、会社やチームに対する帰属意識を高め、さらには情緒的コミットメントの醸成にまで繋がれば、大いに“寒冷化対策”になるのではないだろうか。最近では、こうしたノミニュケーションの大切さを再認識する企業は増えてきている。社内に定額無料のカフェを開設したり、管理職に部下との「飲み代」に使途限定した管理職手当を至急したり、様々な形で後押ししはじめた。節度ある範囲で、こうしたアフターファイブのコミュニケーションが活性化される意義はあるだろう。
    この、「グル☆コミプラン」の参加者からは、以下のような反応が得られている。この施策に関しても、当初、期待していた効果が得られているのではなかろうか。
    (参加者の感想文から)
    ・横の繋がりを持つ機会が今までありませんでしたが、今回のプランを利用し繋がりを作ることができた。
    ・上司を交えての場でしたので、コミュニケーションが図られたと思う。
    ・区長と話す機会のない人たちの話が聞け、コミュニケーションがとれたと思う。
    ・「出向者の会」を立ち上げることが出来ました。今後も継続して会を開催する予定です。
    ・ホテル内のレストラン利用のため、女性の参加者が増えました。
  • 当社のコミュニケーション施策は、紹介した二施策の他には、様々な局面にまで配慮されている。例えば、「産休・育休取得者との交流会」を定期的に開催している。
    育児休職中の社員と復職を経験した社員との情報交換を通じて復職に対する不安をやわらげることを目的としている。また、産前・産後休暇や育児休職中の社員を対象とした交流会を開催しされている。こうした、一時的であれ、コミュニケーション弱者になりやすい層を見落としていない点は評価される。
    この交流会では人事担当者が職場復帰へ向けての情報提供や育児支援制度の改訂などの情報提供を行うほか、復職を経験した社員が「保育所を選ぶ際に重視したポイント」「復職後の1日のスケジュール」などについてディスカッションを行ったり、参加者同士で懇談する時間も設けている。年3回程度の開催を予定されている。
     
    以上、鉄軌道事業と安全・安心が絶対条件として求められる厳しい事業を展開する東京急行でのコミュニケーション施策について検討した。この事業活動に関わる様々なメンバー、すなわち、経営者、上司、部下、従業員の家族が一体感をもったひとつのチームとなるように、多面的なコミュニケーション推進策が取られていた。現場からの声、要望をくみ取り、丹念な対応として施策という形としてフィードバックしたのである。こうした、ある意味で、手間暇のかかるボトムアップ型の施策展開を行えたのは、当社の担当部門である福利厚生課の情熱的な取り組み姿勢に依るところも大きい。最後に、施策を開発・推進した福利厚生課が自ら掲げている「仕事の流儀」を最後に紹介しておきたいと思う(下図)。
    次回も引き続き、コミュニケーション活性化を課題に先進事例をもとに考えてみたいと思う。
                     


    [i] 当事例は、2011年9月開催のイーウェル社のセミナーでの、経営管理室・人事部福利厚生課、佐藤利和氏による発表内容を参考としてまとめている。
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