福利厚生の「目的」を考える①
- 企業の法定外福利費としての投資は企業の任意の判断で行われる。この任意性の背景にはこの投資によって何らかの効果なり、成果という目的を達せようという意図、そして成否の可能性判断が背景にある。今回からは、この福利厚生の「目的」について着目し、実態も踏まえながら、理論的な検討を加えてみたい。
- 企業、労使は福利厚生制度の導入、運用によって、この「目的」を達せようとするわけだが、「目的」は経営環境の変化、あるいは人材戦略の変化に伴う変更が必要になる。同時に「目的」には理論的な構造や成立上のメカニズムがあり、また福利厚生以外の要素との因果関係を有するより大きな構図もある。例えば、「定着性」といえば目的は常に取り上げられるが、福利厚生だけで完全に実現できる目的ではないことは明らかである。他の制度・施策の影響や評価のあり方、人間関係等々、多様な諸要因によって得られる複合物である。その複合要因的な因果関係のなかでの福利厚生が独自の影響力を発揮できるかが問われることになるわけである。
- これまでの企業調査や先行研究を踏まえてこれらを総合的に検討することにする。
歴史的な働き方改革の時代を迎えて、また法定福利費の膨張などにより、限られた財政状況の中で、福利厚生にどのような「目的」を設定するか、は、その企業の制度編成やウェイト配分を決定し、結果的に、制度全体のコストパフォーマンス、投資効率という点での存在価値を左右する。換言すれば、より明確に意識された目的設定ができれば、最適な制度編成につながるわけである。ことになる
これまでの多くの企業調査の結果をみてきた経験からすると、わが国の企業におけるこの福利厚生の「目的」なるものには、いくつかの特徴や傾向がある。今回はまずは、この点について確認しておきたいと思う。
- 特徴のひとつは「多目的性」である。
信頼できる最も新しい企業調査としては労働政策研究研修機構が平成30年に発表した「企業における福利厚生施策の実態に関する調査」がある。当調査は全国の10人以上規模の民間企業1万2000社を対象に行われ、2,809 社から有効回答を得ている。小規模企業まで対象とした、わが国の企業層に対する代表性に優れた調査である。この調査でも、福利厚生制度・施策の目的について「現在の目的」と「今後の目的」の二種を尋ねている(複数回答 : 3つまで選択可)。その主要な結果が以下のとおりである。

労働政策研究・研修機構 Press Relesseより一部抜粋
図をご覧いただければわかるように「人材の確保」「定着」「一体感」「信頼感」「ロイヤリティ(企業忠誠心)」「意欲」「生活の安定」などの多様な目的概念が並んでおり、それぞれ一定の選択がなされていることがわかる。実はこれまでの過去の多数の他の調査を含めると、当調査での目的概念以外にも「職務満足」「生産性の向上」「公的福祉の補完」「企業のイメージアップ」「従業員の自立支援」「労使関係の安定」など多様な目的が同時的に意識されてきた。まさに、多目的なのである。(-1)
- 選択率としてみると、この調査では現在の目的では「従業員の仕事に対する意欲の向上(60.1%)」が最も多くなっている。いわゆる、モチベーションであろう。また「従業員の定着(58.8%)」や「人材の確保(52.6%)」なども同様の高水準で、過半数の企業が目的化していることがわかる。この「目的」に対する複数回答結果の累積回答率は268.7%(全ての選択肢での合計値)で、各社が回答条件とされた三つまでの選択のうち平均値で2.7個を回答していることになる。
- こうした「多目的性」ともいえる特徴が現れる原因の一つとしては、まずは福利厚生制度そのものの構造にある。すなわち“福利厚生制度”という制度自体は存在せず、70種以上ともいわれる多種多様な制度・施策の任意の選択に基づく集合体であるという点に由来すると考えられる。六十種類以上あるといわれる制度・施策のなかで、どれを選んで自社の制度編成に含めるかは、各社それぞれの議論や歴史がある。既得権化した過去からの蓄積もあり、多様な制度・施策なる。一つ一つの施策にはそれぞれ導入時に検討された狙いがあって導入されることから、制度全体としては当然、多目的となりやすい。
- また、多目的化が必然的となるもうひとつの要因として、福利厚生の「企画、実行主体の多様性」もある。企業部門(人事、厚生、総務)だけではなく、労働組合、共済会、健保組合、以前ならば基金も福利厚生的サービスを提供していた。当然、それぞれの主体間でも目的意識は異なってくるわけである。(-1)
筆者は、この多目的性が必ずしも企業にとって好もしい特徴ではない、と考えている。それは社内での厳密な費用対効果、コストパフォーマンス評価などから逃れやすい構図を助長するからである。「あれもこれも、やりたい(目的とする)」とすることが、「あれも、これも」中途半端にして実現、貢献できないことになりやすいと思われるからである。
複数の目的があるとしても、一定の期間での明確な目的の優先度の設定、それぞれの目的の達成度を図る測定方法や指標などの事前設定などが必要ではないかと考えている。「なんとなく、色々な制度を導入して、なんとなく役立っている」という状態が最善とはいえないだろう。(-1)
- 目的の第二の特徴はとしてあげるとすれば、その時期の労働市場の動向や、経営環境の変化、さらには業種・業態によって異なる企業の課題が問題解決としての「目的」に投影される傾向が強い点であろう。
例えば、大企業のように既に一定の採用力のある企業では「生産性」や「モチベーション」「ロイヤリティ」といった目的概念が比較的意識されやすい傾向がある。一方で、採用や定着人材の獲得・維持に苦労している中小企業ではやはり「採用」と「定着」を福利厚生の目的として期待する傾向が顕著にある。あるいは、社歴の浅いベンチャー企業などでは「企業のイメージアップ」や「話題性」といった目的意識が垣間見えることがしばしばある。また、様々な労働関係の受賞歴があるような先進的な行動が目立つ企業では「女性人材の活躍支援」や「ワークライフバランスの向上」「健康経営の実現」といった特定の流行(?)テーマ、いわゆる“旬のテーマ”の達成を目的化することケースなどが少なくない。
- 時代的な趨勢としては、昭和期の調査では「長期定着性」が常に「目的」に関する回答率では断トツのトップの座を維持していた。高度成長期もあって、長期勤続、終身雇用が日本企業の強さの源であることが信じられていた時代だからであろう。しかし、その後、バブル崩壊を経た平成の頃から相対的に「長期定着性」は後退し始める。替わって浮上し始めたのが、「ワークライフバランスの向上」「生産性の向上」といった目的である。先の調査でも「今後の目的」において「従業員の定着」の選択率は既に第三位の位置となっている。このような動きは、一種の環境適応行動の表れと最もいえるだろう。企業を取り巻く経営環境、特に労働市場の動向などが変化すれば、従来からの目的が妥当なものかどうか常に再検討する必要がある。また、企業戦略が変わり、人材戦略も変われば、当然、福利厚生に期待される貢献の内容も変わってしかるべしである。長年、優先度の最も高い目的がずっと同じという状態が、妥当ではないのかもしれない。
- こうしてみてくると、福利厚生にとっての「目的」と何か、どのように設定し、そして変えていけばよいのか。優先度をどのように制度の導入・運営に反映していくのか。個々の目的概念の検討も含めて、目的管理のあり方を議論する必要があるのではなかろうか。
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