福利厚生と採用⑥…RJP理論に基づく採用
- 前回から早期離職を抑制するRJP理論に基づく採用方式(Realistic Recruitment)の四つの効果について解説している。事前に職務適性の低い応募者の辞退を誘発させることで採用効率を高める「スクリーニング効果(screening)」に続いて、実際に入社した人材の早期離職を抑止する「ワクチン効果(vaccination)/予防効果」について解説してきたが、福利厚生との接点についても考えてみたい。実は、この「ワクチン効果」の実現にも福利厚生はその実効性を高めるユニークな貢献が可能ではないかと考えられる。
- RJP理論に基づく採用過程で伝えられるリアル情報の実体の大半は、職務や企業経営に関する現実的なものであり、つまり応募者当人からみたときにネガティブな印象、辛い印象の内容も含まれる。このネガティブ情報がまさにワクチンとして機能するもので、実際の入社後のリアリティ・ショックを和らげるためだから当然である。
- しかし、短期間の採用過程で伝えられる情報が職務や企業経営に関するリアル情報だけでよいのだろうか。筆者はこのリアル情報のなかに、福利厚生の実態情報をしっかりと盛り込むべきではなかろうかと考える。福利厚生情報が職務関連の情報だけのケースと比べて、どのような影響をワクチン効果に与えるのだろうか。
- この話を考えるために、スタートラインに戻って考えてみると、元々は採用過程で企業、職務に関する耳障りのいい情報ばかりが採用過程で伝えられることが、入社後のなリアリティ・ショックを惹起させ、早期離職を大量発生させるという現実があった。ならば、そのショックを少しでも低減するためにあえて事前に耳障りは悪いが、リアルな実態をある程度知ってもらっておけば、離職に至るほどの大きなショックにはならないだろうと期待しているわけである。このショックに注目して福利厚生の役割を考えてみる。
- いくつかのパターン、タイミングが考えられる。
- まずは、その入社全のリアル情報に、福利厚生の情報を混入させるとどうなるか。
- 職務関係のリアル情報(辛い情報含む)に、福利厚生のリアル情報を付加して提供したとしよう。まず第一に考えられる効果は、職務の「辛い」情報と、福利厚生の「嬉しい」情報が、提供時点で「中和」される効果が期待できる。つまり、「仕事は厳しそうで辛い事もあるようだが、福利厚生が充実しているのは有難いし、嬉しい」といった心理状態である。これは理論的には代償性問題といわれるが、「苦痛」と「癒し」が独立して合計された大きな感情の混合物(苦痛+癒し)となるのか、それとも両者が相殺されて小さな混合物(苦痛-癒し)となるか、というやや難解な話でもある。いずれにしてもこの混合物は離職や入社辞退といった悪反応を抑制する可能性をもつと考えられる。
- 最近の採用現場では、改装したお洒落な社員食堂などを活用した説明会や面談が行われるケースがある。地方大学のお洒落な働き方志向の女子学生などはかなり好反応するようである。また出産・育児支援などの福利厚生の説明を体験者である女性社員に担当させるケースなどもまさにリアルな説得力があって効果的である。その女性が女子学生にとってこれからの社会人生活のロールモデルともなるからである。こうした中和効果のある福利厚生に関する情報だが、職務に関する「辛い」情報は注入されているので、入社後のワクチン効果は保持されているものと考えてよいだろう。福利厚生は苦い薬を包んだ糖衣のようなもので会社、仕事といったものを飲み込みやすくするわけである。この糖衣効果は先の「スクリーニング効果」を高めることにもつながるとも考えられる。辛い職務関連の情報だけでは、辞退していた応募者が、福利厚生の癒し情報が加味されることで、さらに採用選考を進もうと判断する可能性があるからである。最近の学生達のように福利厚生を重視する傾向が高まっていることからも、この点は大いに期待できるだろう。
- 福利厚生の情報提供、体験のタイミングを、あえて入社後まで待つ方式も考えられる。入社前は職務関連のリアル情報だけにとどめておき、入社後早期の時期にするのである。ちょうど、リアリティ・ショックを受けているタイミングである。これは、ワクチン効果が弱すぎるケースに、その補完効果をもたらすことができるだろう。「入社前に体験した職務の辛さより、もっと辛いことに驚いたが、入社して実際に福利厚生を活用してみたら、その職務のストレスが癒された」といった心理状態である。この心理状態はRJP方式ではない、従来方式においても当然、期待できる。ただし大事なポイントは、入社後のできるたけ早期のタイミングでなければならない点である。
- 離職を誘発する原因は入社直後のリアリティ・ショックにあるわけで、そのショック時に「癒し」が最も必要なのである。ある地方企業では、入社式直後の研修過程で、先輩社員達が企画した宿泊キャンプやBBQに新人くんたちが招かれる。そこで焚き火を見ながら色々な社員たちと雑談し、飲食を共にする。真偽は確認されていないが、焚き火には本音を話したくなる効果があるそうで、単なる飲食以上に互いに親近感を感じるようになる。これが早期離職を抑制すると同時に、既存社員たち、経営者との一体感の醸成を促している。若い社員達には強制的な社内イベントの参加に対して、拒絶反応もあるわけだが、研修過程ならば否応なく全員参加となることがよく考えられている対応と感心する。
- このようにRJP採用方式の最も重要な「ワクチン効果」を高め、補完する上で福利厚生が有効活用できる可能性は多々ある。
- さて次の、第三のRJP採用の効果が「組織コミットメント効果」である。これは会社にとってマイナス評価となりかねないリアル情報の提示が、メッセージ機能を発揮して応募者に誠実さや信頼感を感じさせることとなり その結果として組織に対する愛着や帰属意識を高めるとする効果である。「組織コミットメント(organizational commitment)」とは、本連載でも何度か登場したが、近年、注目される人的資源管理の目標概念である。従来から多用されていた職務満足以上に、離職行動に対する先行指標としての機能に優れていることが検証されてきており、定着性だけでなくモチベーションの維持・向上にも寄与する。一言で表現するならば、組織に関わろうとするか否か、を表す態度の一種で当初は「好き嫌い」の感情ともされた。現在では、好き嫌いの感情だけではなく、打算、つまり損得勘定に基づく関わりや、規範、こうあるべき、という社会的規範などに基づく関わりなど三次元が存在することが明らかになっている。
- 個人と個人との関係を良好に維持する上で誠実さや信頼が何より大切とあることと同様に個人と組織の間にもそうした評価が重要であり、RJP方式が自社のネガティブ情報も包み隠さず、応募者に提供することで誠実で信頼できる会社だという評価が得られるとすれば、リアル情報を出すことの不安を和らげるという点でも考慮したい効果である。誠実さや信頼感を伝えたいならば、こうしたメッセージ性の強い福利厚生は得意分野である。社員の生活やリスクを支援するために、どのような制度・施策が用意されているか、また労使がどのような思いで制度導入を図ったか、を職務のリアル情報と合わせて提供できれば誠実、信頼といった評価は、それらを裏付ける具体的な会社のアクションともなるものであり、さらに高まるのではないだろうか。
- そして最後の第四は「役割明確化効果」である。これはリアルな職務情報を早く得ることで応募者が、入社前からどのような役割が期待されているかが明確になり、そのことがある意味での準備的行動や心理的準備を促すことで、実際の入社後に企業や仕事への適応をスムーズにする効果とされている。福利厚生にも類似の効果がある。それは入社後の「会社人生活明確化効果」である。大学や高校時代の生活、地元での生活を離れて、未知の世界である会社人生活が始まるわけだが、その大きく変わる生活に対する不安意識も実は大きいのである。地元志向の強い学生の多くが、こうして不安の強い学生である。福利厚生とは会社人生活と密接に関係する施策であるのだから、それらを活用した生活の実像を早く伝えることで不安を払拭してやれるはずである。
コメント