- 採用市場が情報の非対称性が大きい市場であり、企業と求職者の双方にとって探索コストが必要以上に要することから、どうしても安易な情報である「シグナル情報」に依存してしまう。このシグナル情報の典型例が、求人者側の企業では「学歴」「出身校」「資格」などであり、応募者の学生では「大企業」「上場企業」「テレビCMをやってる企業」といったものとなる。
- しかし、こうしたある意味で安易すぎるシグナル情報に頼り過ぎた求人と求職とのマッチングが主流となってしまうと、例えば知名度で劣後する中小企業はたちまち応募対象とならなくなってしまう。また「学歴フィルター」といった出身校だけでハンディのある就活を余儀なくされてしまう。また、まさにシグナル程度の情報でしかないため、求職者、求人企業ともに十分な情報を持たないまま採用され、就職することになるために当然、双方において入社後のネガティブ・サプライズ(失望)が生じやすくなる。当然、それは早期離職につながる。
- いずれにしても、この情報の非対称性、そしてその必然的な対応策のひとつとされるシグナル情報に対してどう向き合うか、が採用活動に問われてくる。特に、シグナル情報という有効だが、危険な情報に福利厚生としてどう関わっていくかが重要な課題となるだろう。
本来、シグナル情報の提供は、シグナリング (signaling, market signaling)と名付けられ、情報優位者が商品の品質に関する情報(シグナル)を情報劣位者に間接、直接に提示し、情報の格差を縮小するものとされる。労働市場においては、労働者側ならば社会的評価の高い資格を取得することで、自分の有能さ、即戦力性をアピールするといったケースである。
福利厚生を採用に活かしたいならば、こうしたシグナリングに福利厚生を組み込んでいくことがまず第一歩である。なんども引用して恐縮だが、「福利厚生が充実している企業」を優先的に就職活動のターゲットとする学生が最も多いという今日の恵まれた環境を、新たなシグナリング採用戦略とすればよいのである。 - 例えば、従業員向けに実施する福利厚生でのスポーツイベントやボランティアイベントなどを地域社会に開放し、学生達にも初学年層からでも参加を呼び掛けることがすぐにできるはずである。従業員たちが和気あいあいと楽しく活動しているなかに入って実感することは、会社の雰囲気の良さを確実に伝えるシグナル情報となる。また、そうした活動の様子を動画発信することも魅力あるシグナル情報を拡散することにつながる。おそらく、企業が発信する前に、参加者の多くが既に現場でSNSに投稿しているだろうが、定期的に動画発信することでさらに「いい雰囲気の会社」というシグナル情報の信憑性が高まることになる。
関西の大手製薬メーカーでは社員食堂の地域開放、さらにその社員食堂メニューを元に都心で一般向けの飲食店を開業したケースがある。健康的なヘルシーメニュー、地産地消型の名物メニュー、社会達が独自開発した面白メニューなどが地域住民、一般人に提供される。このメニュー、献立そのものが有効なシグナル情報に他ならないのである。
社内託児施設を地域開放するケースも出てきているが、これもシグナル情報としてもっと活用したい。インターシップ時に利用体験してもらってもよいだろうし、近隣の学生たちに積極的に見学を呼び掛けることもできる。キャリア志向をもった優秀な女性学生たちにとって継続就労できる実際の環境がどうなっているのかは強い関心事である。採用向けの会社説明資料上の「社内託児施設あり」の一行だけでは、シグナル情報としてもあまりに乏しい情報量である。
こうした体験型で様々な福利厚生の実態を知ってもらい、実感してもらうこと、リアルなシグナル情報のコンテンツとして多様な福利厚生を積極的に活用したいものである。もちろん、福利厚生の利用実態がその企業の全てを表現するものではない。その点では典型的なシグナル情報であるわけだが、学生達が関心を高めており、知りたがっている情報であることは間違いない - 自社の福利厚生の実態を採用ばかりでなく、顧客である消費者へのアピールまで活用している企業がある。それは、米国のネット通販企業の「ZAPPOS(ザッポス/Zappos.com)」である。ラスベガスの郊外にあるヘンダーソンに本拠をおくザッポスは、米国において、それまで困難といわれた靴製品のネットを使ったダイレクト通販という市場を始めて創造した革新的な企業で1999年の創業から10年足らずで年商10億ドルを突破した急成長企業である。
ビジネスモデルの特徴としては、送料無料(配送、返品)、365日返品OKなど、試着の必要性の高い商品性などが障壁であったこの市場の常識を覆す仕組みを確立することが急成長を遂げる強みとなった。
このようなマーケティング面での革新性と同時に、その企業理念重視の人材管理にも注目が集まっている。当社が掲げる経営理念は「コア・バリュー(Zappos Family Core Value #10)」と呼ぶものである。当社が100人前後の規模に成長したときに、企業文化を形にする必要性を認識した。社員が共有すべき価値観の成文化。37の項目からなる「コア・バリュー原案」を、CEOであるトニー・シェイ(Tony Hsieh)が自身で原案を作成し、社内で発表し、ほぼ一年をかけて全社員とのコンセンサスを得る中で決定した。
こうしてまとめられた「ザッポスのコア・バリュー」の第一番目が「Deliver WOW Through Service(サービスを通して、WOW(ワォ!/驚嘆)を届けよ)」である。ほかにも「Build a Positive Team and Family Spirit(チーム・家族精神を育てよ)」などがある。この理念を体現するように、顧客に高い満足「WOW(驚嘆)!」を感じさせることができるサービスを提供するためには、まず従業員を「WOW!」と思わせることが不可欠であると考える。
つまり、ES(従業員満足)を先行的に形成すること、そしてその従業員に幅広い権限、自由裁量を与えることで、高いCS(顧客満足)をつくり出すことを目指している。
このESとCSとの連動性も、先のコア・バリーを体現したものであり、経営管理、人事管理、顧客対応等々のすべてが、コア・バリューに基づいて成立し、運営されている。
人材採用においても、いかに学歴や技能に優れた人材であっても「コア・バリュー」に同意し、実現できない判断されれば採用されることはない。候補者の「カルチャー・フィット(文化適性)を査定するために数度の面接試験が課され、その結果次第で採用の是非が判断されるためである。
そうした当社の現在の福利厚生制度は非常に充実した制度体系をもつ。従業員や応募者が閲覧できるWebサイトには、「Benefits are HOT!(わが社の福利厚生は熱いぜ!/筆者訳)」と書かれている(図)
図
徹底して福利厚生を充実させることによって、従業員を「WOW」と言わせようというわけである。一点だけ紹介しておきたい。それが「Zappos Wishez Program」というユニークナコミュニケーション施策である。これは、当社の従業員同士の友情や親愛の情を育むためのものである。従業員が自分の願いごと(Wishez)を社内サイトに投稿する、すると、それを閲覧した従業員(役員も含む)の中で、「ヨシ!、では自分がその願いを叶えてあげよう」と決断する。すると、会社が全面的に支援して、それを実現させる。このプログラムへの参加は任意で、全ての従業員に開かれている。これは数多くの動画でも投稿されているが、「自宅の家具を新しくしたい」と願う従業員に、全ての家具がプレゼントされたり、CEOから、なかなか手に入らないコンサートチケットをプレゼントされたり、など、文字通り、願い叶えられた従業員が「WOW!」と狂喜することになる。従業員同士の絆を深めることがこのプログラムの目的であるが、多くの動画投稿されるなかでシグナル情報として労働市場に伝わり、強い採用力の大きな支えとなっている。企業理念が伝わっているからである。
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