- 採用と福利厚生①
大学では、いつものんびりとした時間が流れている。しかし三年生達だけはこの夏は忙しい。そう、就活の前哨戦ともいえ冬季インターンシップが本格的にはじまるからである。現在のインターンシップは、それまでの単なる就業体験型ではなく、完全に就活の初期プロセスに組み込まれており、学生にとって参加に関して選択の余地はない。早期に自分が望む企業、業種の内定が欲しいならば参加するしかない。わが大学の就職支援委員会でも少なくとも二、三社程度のインターンシップに参加するように春から重ねて指導しており、おそらく、今頃は都内までの高速バス通勤で頑張っているはずである。
アベノミクスが始まって以来、新規学卒市場は氷河期を脱して一気に好転し、売り手優位の市場が続いている。足元の2019年3月卒業予定の大学生・大学院生対象の大卒求人倍率は1.88倍と、前年の1.78倍より、さらに0.10ポイント上昇して近年の最高値となっている。特に中小企業層(従業員規模別300人未満企業)では、実に過去最高の9.91倍まで達しており、ここまでくると深刻な、というかもはや採用不可能な水準ともいえるだろう。
企業にとって継続的な人材調達行動は経営の持続性、そして長期成長を支える基盤的な活動であり、その成否は企業の命運を間違いなく左右する。いかに労働市場の状況が厳しいとはいえ長きにわたり採用に失敗し続けることは許されないのである。一方で近年、AIやRBAといった画期的な省人化の動きにも注目が集まっているが、未だその効果、コストは未知数であり、安易な期待はできない状況であろうし厳しい採用結果を補い得るものではない。また、わが国の新卒一括採用方式には、短期的な労働力調達だけではなく、企業を担う柱となる中核人材、経営人材を長期的に選抜する方式の初期過程とも位置付けられており、欧米型の適時、外部経営人材の移入を前提とする人材戦略ではない。したがって、なんとしても必要な人材を獲得していかなければならない。
やはり、そのための基本戦略としては就活生達の企業選択の対象となるべく、企業としての魅力を高め、それをしっかりと新卒市場においてアピールすることで彼らから「選ばれる企業」となることしかないのではなかろうか。彼らの初期のアタックリスト(応募企業)に挙げられると同時に、選考過程において自社で働くことの魅力をうまく伝えられるか。これに尽きるのである。
では選ばれる企業としての魅力と何か、その魅力をどう伝えるか、である。
実は前置きがずいぶん長くなってしまったのだが、今春に、この問の答えだ、と筆者は注目した調査結果を見つけたのである。図に示すもので今年三月に発表された平成19年卒の就活生に対して行われた大規模のアンケート調査の結果である。そう、なんと来春入社する就活生たちの企業選びで最も注目するポイントとして「福利厚生制度が充実している」という選択肢が他を抑えてトップ(14.3%)となったのである。いやーなかなかこの結果は感慨深いものである。
この調査は有効回答数4,466名という大規模なもので現代の就活生全体の意識を投影した結果として十分に信頼できるものである。その信頼性の高い調査で「福利厚生制度」が企業選択時に最も多くの就活生たちに注目されているのである。「社員の人間関係(13.8%)」「企業経営の安定(13.1%)」「成長できる環境(10.0%)」「希望する勤務地(8.0%)」などよりも多くの就活生が注目していることに正直なところ驚く。なんで ???、という第一印象であった。これまでも福利厚生は学生たちの企業選択基準の上位にくることは何度かあったと記憶するが、常に補完的な基準であってこれほどの大規模調査で一位になったことはないだろう。福利厚生という言葉、概念そのものを十分理解していないとも思われる彼らだが、それでも期待の存在として位置付けているのである。
「2019年卒 マイナビ大学生広報活動開始前の活動調査」より一部抜粋
しかし、である。事実として現代の大学生、就活生たちが「福利厚生がどれだけ充実しているか」という基準で自分が長く働く企業を選ぼうとしているならば、企業としてはそれを真剣に受け止め、対応する必要がある。つまり、福利厚生をいかに採用戦略に活かしていくのか、福利厚生へのこれからのどのような投資が採用力を企業にもたらすのか、という採用活動における有効活用の視点での制度活用、制度改革を考えていかなければならない。
筆者も今回、改めて真剣に、幅広い観点から考えてみたいと思う。福利厚生が企業の採用力に結実するまでのプロセスに何が介在しているのか。さらに、企業が人材戦略の一環としてどのようなメカニズムを造ることが福利厚生投資を効率的に採用力に結び付けられるか、という点である。これまでの理論的・実証的な蓄積を元に議論を試みたいと考える。
また、なかでも特に中小企業の立場に注目して考えてみたい。一般に資金的にはみると大企業と中小企業との処遇格差は賃金以上に福利厚生において著しい。つまり、中小企業が大きく劣後している。とすれば「福利厚生制度が充実している」という点を就活生に重視されればされるほど当然、不利になる。先のように福利厚生が企業選択に直結するようになったとすれば、これまで以上に中小企業は労働市場において人材獲得に苦戦することが予想されることになる。しかし、この格差は資金面、つまり法定外福利費としての企業拠出額だけをみた規模間格差であって、必ずしも質的な格差ではない。質とは例えば、就活生や若年層のニーズとのマッチング度の格差ではないということである。つまり絶対的な投下資金や制度数での格差は大きく、克服が困難であるとしても「採用」に特化して考えれば、挽回の余地は残されているように思われる。中小企業であっても限られた資金を特定のターゲット層の労働市場に対するメッセージ性の強い制度・施策を重点的に拡充することで“個性的な魅力のある福利厚生”を実現してアピールできれば十分、採用力につなげることは可能であろう。また、先の調査結果をみてよく考えると「給与や賞与が高い」とする就活生は4.9%(7位)と少ない。賃金格差で追いつくには相当の負担、リスクを要するが法定外福利費ならば実額的には大きな格差ではないのである。どうやら賃金よりも福利厚生を企業選択基準として重視しているとするならば、人件費としての賃金と福利厚生との配分の再考も含めて思い切った拡充化を検討してもよいのであろう。
企業の採用行動あるいは従業員の就職行動に関する研究は労働経済学、人的資源管理論を中心に以下のように多くの先行研究、理論の蓄積がある。これらを総動員しながら福利厚生との接点を探りたい。
労働経済学では特殊な市場取引として取引コスト理論、労働市場サーチ理論があり、その中で労働市場における情報の非対称性、シグナル情報などが論じられてきた。人的資源管理論における採用に関する理論的検討では、PE-fit理論、RJP理論等がある。少し学際的に領域を広げると労働市場におけるブランディング理論、メッセージ理論、説得的コミュニケーション論、モチベーション論のなかの期待理論、欲求理論なども採用問題に応用できるもので有用であろう。
採用における福利厚生の役割を今日的な視点から改めて検討してみよう。

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