福利厚生の目的を考える⑥….採用力とは何か

  • 福利厚生の目的を考えるなかで、「定着性」と並び、重視されてきたとものが、「採用力」であろう。必要な人材、当該企業の職務に適性の高い人材を、中長期的に質、量ともに確保できる「採用力」を維持することは企業経営の成長性、安定性に直結する課題である。この重大な課題に、福利厚生が明確に寄与できているのか。仮に寄与できているとすれば、そこにどのようなメカニズムがあるのか。改めて検討する価値はあるだろう。
  • 特に、近年、わが国労働市場ではバブル景気以来の需要逼迫が続いており、採用難、人手不足が深刻さを増している。
  • 2025年12月時点の日本の完全失業率(季節調整値)は2.6%となっており、完全失業者は166万人となっている。この失業率は経済学では摩擦的失業を考慮するとほぼ完全雇用状態とされる水準である。失業者も近年のピークであった2002年の359万人から比較すると200万人ほど減少したことになる。
  • 求人倍率も厳しい状況にある。直近の一般職業紹介状況(2025年12月分)では、全産業ベースでの新規求人倍率は2.12倍、有効求人倍率でも1.22倍となっている。いずれも高い高水準にある。職業別にみるとさらに深刻な状況がみえてくる。例えば、新規倍率(パート含む)では「建設躯体工事従事者」は12.46倍、「建築・土木・測量技術者」は11.56倍と異常な倍率である。他にも「生活衛生サービス職業従事者」が7.56倍、「介護サービスの職業」では7.19倍となる。雇用者の多い「販売従事者」でも3.85倍である。
  • こうした建設、福祉、小売など業種での求人難の状況はもはや人材調達が不可能といってよい水準まで達しているのである。
  • この状況の基底には、わが国の本格的な少子高齢化による生産年齢人口の急速な縮小があることを留意する必要があるわけで、企業にとって労働市場の厳しい状況が長期化することも大いに懸念される。
  • この人手不足を克服するには、企業は基本的に三つの方策を同時に講じる必要がある。
  • まずは採用力の強化であることは言うまでもない。特に高い求人倍率に苦しんでいる零細・中小企業では抜本的な対応が必要であろう。次は定着性の維持・向上である。ようやく採用できた人材が早期離職するようでは人手不足はいつまでたっても解消はしない。そして最後が労働生産性の向上となる。AI導入を前提としたICT、IoT、RPAなど先端技術を最大限活用した生産性改革によって省人化を実現することができれば人手不足は軽減できる。
  •  しかし、定着性の改善には限界がある。定年退職等の人材流出は避けられず、また生産性向上には多額の投資費用も必要であり、一朝一夕に省人化を望むことは難しい。人手不足への対応として最も即効性があるのが「採用力の向上」であることは間違いないのである。
  •  ではこの「採用力」とは何か。つまり、企業にとってどのような経営能力なのか。いかにすれば高めることができるのか。
  • まずは「採用力」を理解するには「採用」そのものを考えてみる必要があるだろう。
  • 採用とは労働市場という時空間において展開される企業行動だが、先の求人倍率にみるとおり、他社との直接的な競争的行動であるという点が重要である。つまり、製品・サービス市場での競争と同様に、求人を行う他社との間で相対的に優位とならなければ、必要な人材を獲得することは難しい。先のように求人倍率が2.5倍であれば、2.5社に一社しか求人した人材を得られないわけで、残りの1.5社は採用活動が“空振り三振”となる。採用費用が無駄になるということでは損失でもある。
  • さらに、採用が労働市場という市場での「取引」という行動であるということは、買い手である企業の取引相手として、売り手となる求職者との交渉があって、両者が「内定」という形で合意する必要がある。この求職者との合意では彼らの「働く」ことに関する多様なニーズに応えることが求められることは言うまでもない。もちろん企業側にも求職者を自社の人材ニーズに基づいて選別する必要がある。この選抜する力も重要であり、採用力の要素となる。
  • 採用学の権威とされるミシガン大学のBarber, Alison(1998)は採用活動を「潜在的な能力のある人材(potential employees)を特定し、惹きつける(attracting)ことを主たる目的にして、組織が行うと実践ないし活動」と定義している。この定義に従うと、採用には、まず第一段階としてターゲットとすべき人材層の特定するプロセスがあり、その次に特定できたターゲットに対して自社を魅了する(attract)ことが必要となるようだ。
  • このように「採用」には複数の局面があり、その局面ごとに適切な行動、競争優位となる行動が必要であり、それらがトータルとして「採用力」を構成することになるようである。
  • すなわち、求める人材の特定、定義、自社に惹きつける、選抜、交渉、そして合意という一連のプロセスでの優位性である。こうした企業の「採用力」を求職者の視点からもみておこう。わが国では新卒市場が採用の主たる市場であることから大学生の就活での実態から観察してみよう。
  • これまの就活ルールでは、三年生になったあたりから、ようやく就活を強く意識し始めるのが一般的であり、多数派である。もちろん、一部には入学当初から、あるいは一年次、二年次の早い時期から就職を強く意識する、いわゆる“意識高い系”の学生もごく少数だがいる。小生が勤務する地方国立大学では、公務員志望の学生がその典型である。おそらく彼らは入学以前から両親から刷り込まれた志望であるケースが多い。公務員試験を意識して真面目に勉学に励み、ダブルスクールとして予備校に通ったりもする。立派である。そのほかにも、民間での就活を早くから意識する学生もおり、近年、増えているような印象をもっている。リスク意識が強いというか、目的意識が鮮明というか、受験の延長線として就職を捉えるタイプである。彼らは語学の上達や簿記などの資格取得の努力を行う。
  • また、一年次からインターンシップにも参加してくる。彼らは就活に出遅れることなく、計画的な就活を行うため早期から内定を得る確率が高い。就職支援委員長を長く務めている筆者にとっても実に有難い学生諸君である。このような“意識高い系”学生をひとりでも増やそうと一年次から就活意識喚起セミナーを始めている国立大学がポツポツと現れている。しかし、である。依然として就職に対して“意識高い系”学生は少ない。実態としては、三年次でインターンシップの募集が始まるまでは、就職に関して具体的に考え、行動することはほとんどないように思われる。またインターンシップ先の選定をみていても、明確な方向性はなかなか持てていないようである。それでも、インターンシップで接触した企業人とのコミュニケーションを通じて、企業というものをリアルな就職先として見ることを身に付ける。ここで彼らなりの「良い企業」「関心をもてない企業」という判断を始めて下すようである。近年の多くのインターンシップのようにワンデー(一日)の経験でしかないのだが、そこで得られた限られた情報、あるいは肌感覚のような直感で企業を評価するわけである。「あんな仕事がしたい」とか、「私には合わない」とか、「良い雰囲気の会社」といった感触だが、この感触が就活の次のステップである企業探索行動に大きな影響を与えることになる。またインターンシップの良きところは、他大学の学生との接触による刺激である。特に女子学生は敏感に反応する印象を持っている。いよいよ就活に臨むのだ、という覚悟ができる点でインターンシップは最善の機会となる。
  • わがゼミでは夏休み明けの後期に三年生にアタックリスト(就活退職企業表)の作成を指示すしていた。100社程度である。初期的な企業選択である。ここでは、まだ個別企業の選択というよりも、業種や職種をベースにリストが作られる傾向が強い。金融系となれば、銀行、保険であり、IT系、流通系といった方向性を決める。この時点での選択基準は多様である。「地元か、都内か」「休日(土日続けて休めるか、有休取れるか)」「営業か、事務か」「国内勤務だけか、海外もありか」などが比較的重視される。
  • これらの初期での選択基準が企業にとっての「採用力」と大いに関連してくることになる。
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