福利厚生の目的を考える⑤…若年層の早期離職
- 福利厚生の目的を考え始めるなかで、まず第一に「定着性」を取り上げた。
この古今東西、産業労働の開始当初から変わらぬ重大な労務課題のために、古くから数多くの理論やその具体策として年功賃金や退職給付制度など様々な制度が開発されてきたわけである。そして、福利厚生もまさにその成立の原点に、存在意義を主張する論拠として「定着性」があったわけであ
今回は定着性という目的の検討の具体的課題として日本企業の現在の喫緊の問題である「若年者の早期離職」ついて福利厚生からの貢献の可能性を加えて考えてみたい
近年の重大な人事問題として注目されてきたこの問題は “七五三現象”と総称され、中卒七割、高卒五割、大卒三割という学歴と連動した段階的な高い離職率である。この現象は90年代に初めて確認されたものだが、今日まで依然として顕著な改善傾向は見えていない。ちなみに直近の厚生労働省のデータでも、大学生の三年離職率は34.9%(2021年入社ベース)である。

- 研究界でもわが国特有のこの労務問題に長く取り組み膨大な足跡が残されている。この若年層の離職研究は時代とともに論点が変化している点に特徴がある、初見(2018)や野津(2018)らによって、その流れが段階的に整理されている。
まず、90年代当初では若者個人の変化にその要因があるとされた。刈谷(2001)や川端他(2011)はゆとり教育の弊害を指摘し、その影響としての就業観の変化に要因を求めた。高度成長期の企業戦士に象徴されるように、それ以前の世代が就職に「経済的豊かさ」や「昇進」、「海外活動」などを強く求め、そのための努力や辛抱を必然的なものと受け容れたとする。したがって賃金や福利厚生などの報酬にある程度、満足できれば離職を思い止まることができた。前回も述べたとおり、年功賃金や福利厚生の下での離職には大きな経済的リスクが発生する。サイドベット理論で解明されたとおりである。この頃の福利厚生は「衣食住遊」の全盛期、特に経済的恩恵の大きい「住宅」支援に注力された時期である。
しかし既に豊かさを享受してきた若い世代にはそれら経済的報酬の魅力は相対的に後退した。つまり経済的報酬だけではなく、自身の就業価値観や働き方ニーズに適合することをより重視するようになるのである。
- 例えば、山田(1999)は、流行語となった「パラサイト・シングル」を論じるなかで「現代日本の若者の失業は「『切実に』『生活のために』仕事を探しているのではなく、『自分にあった職』『プライドを保てる職』にこだわるためになかなか就職せず、また自分に向かないと感じた仕事は辞めてしまう」と論破した。そして若者に「嫌な仕事ならつかないし、やめてもかまわない」という労働観が拡がり、この現象を「労働の趣味化」したと名付けた。この他の研究でも教育改革や豊かさのなかで、ハングリー精神を失った甘やかされた意識が、若年者の高い早期離職率をもたらした最も重要な要因とみなされた。筆者のような古い世代には安易に頷きやすい論理ではある。しかし、福利厚生の定着性を考えるとき、この就業観の転換は大きなインパクトと捉えなければならないだろう。話は簡単である。社員食堂や独身寮などに代表される経済的恩恵を狙った福利厚生制度が定着性に対する効力を失うことになるからである。
早期離職研究は、どちらかといえば若者批判的な論調であった個人要因研究から発展し、やがて彼らを擁護する二つの要因研究群が登場する。
- まず第一は産業構造変化などマクロ的な外部環境要因である。
一般に早期離職率と求人倍率は明確に逆相関する。求人倍率が低下した不況期で、応募者たちは自らの希望を妥協して企業選定し、内定企業も少なく選択の余地がない。逆に倍率の高い好況期は多くの内定を得て、慎重に入社企業を選別する。こうした不況期と好況期での就活では、当然のことだが企業と個人のマッチングの「質」に格差が出る。簡単に言えば、満足、納得したマッチングと、そうではないマッチングとなる。当然、後者は早期離職に繋がりやすい。黒澤ら(2001)は転職希望者とマッチングの質を測定することでこの点の検証を行っている。また、小林ら(2014)は産業高度化によって離職が増加した主張する。2005年~2007年の好況期においても早期離職率が高止まりしている状況に着目し、これは比較的定着率の高い製造業の比重が低下し、従来から定着率が低いサービス産業が拡大することから、産業全体として離職率が上昇するものとした。
- さらに城(2006)は、新たな産業として人材紹介業界が 90 年代後半から事業者数が急成長している点に着目し、加えて第二新卒市場が拡大したことが相乗効果となって早期離職が容易な環境を生み出したと指摘する。
これら産業構造、雇用システム、転職産業の拡大といった様々な外部環境要因の変化が若年層の離職を活性化させたとするマクロ要因説は、若者達のある種の“わがまま”や“弱さ”が早期離職の主要因ではなく市場動向や構造に起因するものとする点で、個人要因説に対する反論となった。この産業構造変化に関しても、福利厚生には重要な課題が突きつけられているように思われる。わが国の福利厚生体系がやはり製造業中心主義で形成されてきたことは否めない。端的にいえばサービス経済化の動きに十分に対応できていない。非正社員への適用問題などはその典型例である。サービス産業の就業環境、働き方、雇用構造のなかで「定着性」を実現する福利厚生とは何か、これからの大きな検討課題である。
近年もうひとつの早期離職要因として注目されているのが企業要因である。濱秋(2001)は日本的雇用慣行の衰退が若年層の離職を誘発したと主張する。年功賃金が後退し、終身雇用者比率が大きく低下する中で、若者達は長期勤続による賃金上昇も将来までの雇用維持も期待できなくなるなかで、定着するメリットが失われつつあるなか必然的帰結として離職が増加したとする。また太田(2004)は不況期のリストラや新規採用抑制によって企業内の雇用人数が減少して従業員1人あたりの業務量が増大している点に着目した。これが「企業において若年者に割り振られる仕事は『下積み的なもの』が多く、若年層の労働時間の増大は彼らの仕事上のストレスを高める方向に作用しやすい」とした。これが仕事と自身との適合性、やりがいを重視するようになった若者達にとって、それまでの世代以上に「仕事が面白くない」「辛い」といった感覚を持ちやすくする。その結果として離職の増加をもたらしたとする。
- 近年のブラック企業、ホワイト企業といった分類論もこの企業要因説の発展形として捉えられるが、学生達の過敏な「ブラックか、ホワイトか」という騒ぎを聞いていると、たぶんに学生気質の影響も感じられる。近年の学生就業観調査では「楽しく働きたい」が大勢を占めている。たとえ経営的に優良な企業であっても「楽しくなければやめたい」と考える風潮も強まっており、最初の個人要因と企業要因のふたつの要因の複合化が進んでいることを現場としては痛感している。
- こうした企業要因そして現代若者意識と企業要因との相乗作用によって拡大する早期離職への対処に関して福利厚生はどのような役割を果たせるだろうか。ひとつはストレス対策、あるいは“オモシロ職場対策(筆者が命名した、職場を明るく、楽しくする施策)”での様々なレクレーション、スポーツ、懇親会、相互表彰制度(社内での手作り金メダル賞)などでの対応が有効と考えられる。業務そのものがキツく、ストレスフルであったとしても、職場に仲間意識があって助け合えて、和気あいあいとして皆で仕事に立ち向かうような空気感が充満していれば、頑張れるものであり、いい意味で楽しい職場となりうる。当然、定着性は維持できる。こうしたポジティブな空気を作り出す力を福利厚生は持っているのである。
コメント