福利厚生の目的を考える④…定着性のための諸制度の発展経緯

  • これまで紹介してきたとおり、定着・離職に関する様々な理論研究、実証研究が蓄積される過程で、それらを背景としながら実務界において従業員のも定着・離職を制御することを目的として数多く人事労務施策が開発、運用されてきた。その歴史は長い。
  • 古くは、当初は円滑な離職行動を促す施策として退職給付制度が考案された。未だ西部開拓時代の米国鉄道産業では過酷な線路敷設作業に従事していた作業員達がその作業の危険性や肉体負荷から怪我や病気、加齢で十分なパフォーマンスを発揮できなくなる傷病者や高齢者が当然、発生する。鉄道会社としては彼らをスムーズに退出させて、健常者の新規採用によって労働力の新陳代謝を維持するために今日の企業年金の原形となる退職手当制度を考案した。離職によって所得を失うリスクを軽減し、一時金な多額の金銭的ベネフィットの提示によって離職を誘因したのである(右京(1994))。わが国では退職給付制度は定年年齢までの長期定着を促すものとして拡大した経緯があるが、起源は退職促進装置であったのである。要はその制度設計と運用によって定着・離職の双方に機能させることができる制度なのである。
  • また世界的にも特徴的とされた賃金制度であるわが国の年功賃金も強い定着促進機能を発揮した。
  • Lazear(1979)が提唱した「後払い賃金仮説」を検証した中馬(1987)等では年功賃金では賃金カーブと生産性カーブとの間に乖離が生じることで従業員と雇用主との間に債権債務関係を形成されるメカニズムを有し、若い時期の過少賃金を清算するために、中高年時期の過大賃金の時期までの定着を促しているとした。要するに、若い時期は割安な賃金で働き、ある時点で逆転して割高な賃金になり、退職時には収支トントンというか、若い時期の割安分を取り戻すという仕組みである。確かに、筆者の古き記憶を辿ると、激務で長時間労働が蔓延していた若い社員たちに比べて、部課長たちは「のんびり出勤、早めの退社(居酒屋直行)で、何やら楽そうに見えたものである。
  • 福利厚生は、その起源は採用力と定着促進、離職抑制のためだけに発展した分野である。先に解説したサイド・ベット理論が指摘したとおり、直接的な便益そのものだけではなく、それを(離職によって)失うリスク、コストを従業員が意識することで効果を得たことは間違いない。福利厚生のほとんどのベネフィットの可搬性がない、つまりポータブルではないのである。 
  • 加えて、負債感理論の検証として企業や福利厚生担当者が負担した費用や手間暇を「他者コスト」を従業員が認識することで負債意識(“借り”ができた)が形成され、その返報行動としての定着や貢献の意向が形成されることが明らかとなっている(西久保(2014)。
  • 他にも、先のP-E Fit研究やイメージ理論の知見の下、従業員と職場環境との不適合を緩和、調整する対応として、疑似的な転職を体験できる社内FA制度や、入社前と職場との環境変化から生じる新入社員のショックを軽減するRJP理論に基づく採用方式なども離職問題への対応策として注目されている。
  • 定着と離職、この二つの従業員行動は企業経営の成否を左右する重要な問題であるだけに研究界、実務界双方において長年にわたって大いに関心を集め、そして対応の努力がなされてきたのである。
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