福利厚生の事例研究….ファスト・リテイリング社(2013年当時)

  • ファーストリテイリングの福利厚生
    ―グローバルに成長を支える人材力をいかに維持するか―
     
    今回は、カジュアル衣料品で比類無き急成長を遂げ、国内最大、世界五位の地位にまで成長したユニクロを核とする5つの事業体を抱えるファーストリテイリング社の福利厚生、健康保険組合での対応について紹介したい。
     周知のとおり、“失われた20年”などと言われる長い経済停滞期であったにも関わらず、この間の当社の成長はめざましいものがある。
    国内ユニクロ事業は、日本のアパレル市場10.7兆円で市場シェア5.5%を占めており、その店舗数も843店舗(2011年8月期末)を保有している。全国展開する国内最大規模のアパレル小売ビジネスの雄である。図表1は、ユニクロ、g.u.などを含めた5つの事業総体での売上高と店舗総数の2011年度末までの推移である。この翌年の直近の2012年度には売上高9286億円(2,222店舗)まで達しており、いよいよ、一兆円達成も間近い。2003年度と比較してみると、10年間で売上高が約三倍に伸びている。店舗数も当然のことだが、622店舗から2,222へと3.6倍という急激な拡大を見せている。
     
    図表1 売上高と店舗数の推移

    当社IR資料より抜粋
     この急成長は、特に近年のそれはグローバル化戦略の成功に帰するところが大きい。図表2は、海外ユニクロ事業での店舗数の伸びを示すものだが、国内を越える勢いでの出店がなされたことがわかる。当社では現在、約400人の従業員が海外赴任を行っているが、今後もかなりのペースで増加することは間違いなかろう。生産部門の関係者が100人程度、現地で生産管理にあたっててるようで、これからは次々と新規出店される海外店舗での店長職の赴任者の増加が予測されている。
    国内・海外のユニクロ事業では、企画から生産・販売までを一貫して行うSPA(Specialty store retailer of Private label Apparel : アパレル製造小売企業)と呼ばれるビジネスモデルを確立している。企画、デザインなどの独自商品の開発による他社との差別化、販売状況に応じた機動的な生産調整、賃料や人件費を抑えたローコストな店舗経営が「強み」であり、「高品質で低価格」の商品開発・生産によって急成長を実現する持続的な競争力を獲得している。
    このSPAというビジネスモデルにおける、委託生産パートナーとしての取引先は約70社で、現在では商品の約75%が中国で生産されている。しかし昨今のChina Riskの高まりを受けて、生産拠点を他のアジア諸国(ベトナム、バングラデシュ、インドネシアなど)へと拡大させ、中国での生産集中リスクの軽減が進めようとしている。将来的には、3分の1の商品を、中国以外の国で生産できる体制を目指している。より広範囲なアジア地域でのビジネス展開を成長戦略の核として位置づけているのである。
     
    図表2 海外ユニクロ事業における店舗数の推移

    同出所          
    まずは、こうした企業成長と連動しながらつくられた人的資源管理システムについてみておこう。
    第一に採用戦略では、国内での外国人留学生の採用についても早くから積極的であり、また海外での現地採用も果敢にすすめている。企業文化、理念としての「グローバル・ワン全員経営」を掲げており、世界的に人事制度を同一化すると同時に、報道でも話題になっているように国内従業員に対して英語教育にも注力している。国内採用の従業員を果敢に海外店舗展開の主役となる店長職へと登用する計画があるためである。グローバル戦略とのリンクした採用戦略といえる。
    現在の新卒採用時のコンセプトは、下図に示すものであり、グローバル展開を応募者にも強い意識させる内容となっている。「WORK IS LIFE」、つまり、仕事こそが人生そのもの、といった意味であろうか。採用用のWeb上では「人生は一回きり、仕事とは、自分がどう生きるか」という説明コメントを掲載している。かつて、高度成長期には「会社人間」というモーレツ(死語?)に働くなビジネスマンが数多く発生した訳だが、まさに、現代版のそれである。昨今、注目された「WORK & LIFE BALANCE(仕事と生活との調和)」とは、かなり、方向性が異なるもののようにも感じられる。
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    また、応募者に対しては「同志求む—世界で活躍したい人を求めます」と語りかけ、さらに、求める具体的な人材像を、次の三条件の積としてかかげている。
     
    無限大キャリア × グローバルエリア × 世界を良くする志
     
    まず「無限大キャリア」とは、店長候補・店舗経営、マーケティング/プロモーション、WEBクリエーター 、マーチャンダイザー、ジスティクス、人事、教育、 総務、CSR担当など、当社にある様々な職種、職位に就ける可能性を示すものであり、換言すれば、何でもやれる多能工的なポテンシャルを求めるものとも受け取れる。キャリアとしての幅広さをアピールするものと受け取れる半面、企業戦略に応じて頻繁な異動・配置転換、職種変更が行われることも示唆している。
    次の「グローバルエリア」とは、文字通り、世界中での職場で勤務する可能性を訴えている。
    日本国内はいうまでもなく全国がエリアであり、 海外拠点もアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国・香港・台湾、韓国、シンガポール、インド、オーストラリアほか多数の国に店舗展開がなされ、職場としては、まさに地球規模ともいえるようなグローバル化である。
     最後の「世界を良くする志」とは、経営者、従業員全員が共有するベクトルとして「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」という理念を共有できる人材を求めているとメッセージである。説明されている内容としては「世界中の一人一人のお客様のために、世界中で売れる一点一点を真剣に考え、服を作り、マーケティングし、売っていく。そして、良い方向に、世界を変えていく。そういうことを世界中で共に実現しようとする同志を求めています.....(略)」といったものである。“同志”という表現に端的に表れているように、この理念の下での強い一体感や緊張感、高いモチベーションが期待されていることが伝わってくる。
     世界を股に掛けて、どんな仕事に就くチャンスがあり、社会的に意義のある仕事ができる人材を求めている、と訴えているわけである。
     
  • 実際に、当社の採用選考過程もユニークなのものとなっている。
     ひとつには当社が用意した「インターシップ」の体験を選考時の必須要件としている。「店舗インターシップ」と「ディスカッション・選考」からなるプログラムで、前者では実際の店舗で販売スタッフとして働くことになる。企業として応募者が販売職、営業職、そして店長職としてのポテンシャルがあるか、を確認するためのプロセスであると同時に、応募者自身もそれらのハードな仕事が続けてゆく職業人としてやっていけるかどうかを自己チェックする機会ともなる。これは、以前、行われていた通常の書類、面接だけによる選考では、入社後に厳しい店舗勤務などで、離職してしまう層が少なくなかったという反省によるものである。入社前に、リアルに入社後の仕事、職場を体験させることで早期離職を抑止したいための採用方式である。
    もうひとつの特徴は話題にもなったものだが、先のインターシップを通過した応募者に「ユニクロ・パスポート」を発行する。これは三年間有効の最終面接の受験権である。例えば、大学一年時から就活を行って選考に残ってこのパスポートを手にすれば、三年度に最終面接にいきなり臨める。あるいは、大学を中退してすぐに最終面接を受けて通過すれば、入社もできる。ある種の“囲い込み”あるいは“青田買い”の仕組みともいえるが、現在の大卒一括採用という慣習に大きな一石を投じるものともいえる。また、何より、急成長を維持するための優秀な人材をひとりでも多く確保したいという強い願望があることが感じられる。
    ・入社後のキャリア(昇進・異動モデル)
     こうした採用戦略によって調達したポテンシャルの高い人材が歩む入社後のキャリア・パスが示されたものが図表3である。
    当社でのキャリアの全体像であるこの図の第一の特徴は、通常の企業ならば職位最上位に位置する執行役員、海外子会社経営者等の「経営」層と、店長職のヒエラルキーの頂点にある「FCオーナー(独立)が同じ高さに置かれている点である。この意味を「本部は店舗の上位組織である」という考えはありません。店長と本部は対等である、と考えています」と解説している。当社は、各地の店舗の責任者を、ひとりの「経営者」と見なし、ヒト(従業員)、モノ(設備・施設)、カネ(資金)の全てをコントロールできるように最大限の権限委譲を行っている。同社の店長は契約・パートなどの店舗スタッフの採用と教育、人事考課の権限を与えられる。もちろん商店経営として在庫計画に基づく発注権限があって。人件費や地代・テナント料、広告費を含めた経費も、独自に考えて経営を行えるため、利益責任もある。権限も大きい半面、責任も重いのである。まさに、経営者そのものであるからこそ、だからこそ、本部の経営者と対等な位置にあるものと高い評価がなされるのである。
     
    図表3 キャリアの全体像

     
    同時に、店長→S店長→SS店長→FCオーナー(独立)と、キャリアアップの階層が明示され、それぞれが持株会社や本部の上位職種であるブロックリーダー、スーパーバイザーとの相互異動がなされる可能性まで図示している。これが、先の「無限大キャリア」を体現する具体的なキャリア・パスである。解説としては「キャリアの積み方も、店長として成長する人、本部に異動してキャリアを積む人、また、そこから店長に戻る人、など様々です」としている。実際に、学卒入社から半年で店長として抜擢されるようなケースも決して珍しいものではない。通常の流通業ならば、長ければ10年、最短でも店長登用までは五年程度の下積み的なキャリアを求められるが、当社では店長としてのポテンシャルが確認された人材には思い切った登用がなされている。
     
    ・人材育成制度
     そうした、様々な職位・職種への早期登用を実現する人材育成装置として、以下の、「FRMIC」と「ユニクロ大学」が用意されている。前者が、主にスタッフ職、本部管理職から経営者への成長を期待する内容であり、後者は「店長」という当社にとって成長の核となる最も重要な職種の早期養成のための仕組みと考えられる。
     
    ・FRMIC(ファーストリテイリング・マネジメント・アンド・イノベーションセンター)
    これは、経営にあたることのできる人材を育成する教育プログラムであり、全社を「革新と挑戦の人材集団」にするためのあらゆる取り組みとして行われる。世界中の社員層から参加を募り、抜擢されたメンバーに、「新しい日本企業の姿を描く構想力」「実際にその会社を運営する能力」「業績を上げる実行力」を、それぞれ習得するためのプログラムを提供する。学長は、創業者であるFRグループCEOの柳井正氏が務め、副学長には、ハーバードビジネススクールの竹内弘高教授、そして、一橋大学大学院国際企業戦略研究科(ICS)の教授陣がコーチにつくという豪華な講師陣である。社内大学制度であり、若い時期からの経営者マインド、経営ノウハウの取得機会を提供しようとするものである。
    ユニクロ大学
    現在、ユニクロ事業、g.u.事業での店長は、入社後半年程度で、実際に現場の店長に起用されることもあるが、こうした早期登用を実現するプログラムとして「ユニクロ大学」がある。ここでは、ユニクロの店長として必要な知識や技能、体験に関する研修制度である。いわば、店長としての基本教育であり、どうやってお店を運営していくのか。社内の様々なシステムをどのように活用すると売上を増やし、利益を確保するために有効か。商品の仕入・販売計画をどのように作ればいいか。そして、多くの部下を指導する店舗の長としてどういう姿勢、行動をとるべきか、といったまさに独立自営の経営者を育成しようとするものである。この「ユニクロ大学」の徹底したOffJTの研修制度と現場でのOJT、そして業務評価の繰り返すことで、社員は管理者・経営者としての知識と経験を早期に獲得することができる。
     
    ・福利厚生
     さて、ではこうした成長志向の人的資源管理のなかで福利厚生がどのようなものとなっているのか。
    当社は福利厚生について、新卒採用におけるWeb上の情報発信で以下のような解説を行っている。
    「仕事における達成感と、人生における安心感。これら両方があってこそ、自己の目標をさらに高い位置に設定し、成長させることができると考えます。そのため、ユニクロは福利厚生にも注力し、より充実したバックアップ体制を提供しています」
     当社は福利厚生を従業員が自己目標を、さらに高めるための成長促進基盤として明確に位置づけている。まさに、後顧の憂いを絶って、戦場に臨むための手段といった主旨である。経営的に、かなりポジティブな性格付けがなされているともいえ、これまでの福利厚生がもっていた、平等主義、弱者救済、配分としての福利厚生、企業福祉といったニュアンスとはかなり異質なものといえるだろう。急成長の途上にある当社らしいともいえる。
     こうした位置づけをなされた福利厚生の具体的な制度・施策を列挙したのが図表4および図表5である。前者は会社が提供する制度・施策であり、後者は、健康保険組合が行っている保健事業を中心とした制度・施策である。
     会社が提供する制度・施策としては、確定拠出年金(前払い選択可)やストックオプションなどの資産形成施策があり、また、住宅施策についても充実した水準といってよいだろう。当社では、午前七時といった早朝からの会議などが日常的に開催されることもあって、勤務地に近い居住が不可欠となるためもある。時短施策もPCの電源管理によって厳正に行われている。また、近年のグローバル化を受けて、海外勤務者に対して、かなり手厚いコンシュルジュ・サービス的なものが含まれた海外赴任者傷害保険が導入されている。この保険によって医療費負担などが全額会社負担となっているが、かなり高コストとなっている。また、若い従業員が多いこともあって、本社34階の社員食堂では、毎週末には“Rock’n Roll Café ”が開催され、人気の交流の場となっている。
     当社で、最も特徴的な制度としては、「長期欠勤期間」というものがある。これは、体調不良、メンタル不全となった際に、医師の診断書を提出することで、完全有給での欠勤が認められる制度である。欠勤許容期間は勤続年数によって規定されており、5年未満の勤続で三ヶ月、5年以上で六ヶ月となる。店長に代表されるハードな高ストレスの職場環境に勤務する従業員がそうした状態に陥った際に、この制度を利用して一定の休養、療養の時間を確保するためのものである。問題が生じた場合に、すぐに離職という事態とならず、この制度を利用すれば、一時的だが人材の保持が可能となる。
     また、貴重な店長職には、「インフルエンザ検診」を全員に義務づけることや、リフレッシュ休暇の取得に報奨金を出すなど、人材の健康維持を図ることで現場業務の円滑な進行に神経を使っていることも特徴的である。
    図表4 制度・施策一覧(会社提供)

     
     健康保険組合が行っている制度・施策が以下のとおりだが。ハードな職場環境にあるだけに「健康維持」「疾病予防」に軸足を置いた充実した制度体系となっている。多彩なガン検診、35歳からの人間ドック、30歳からの生活習慣病検診など手厚い体制をとっている。「個人単位での健康情報サービス」では、アウトソーシング会社の管理システムを活用して、従業員ひとり一人の検診結果情報、それに対応した治療、投薬行動などをチェックできる仕組みを確立しており、健保が単なる医療費や制度利用の事務局(彼らが“後始末”と呼ぶ業務)だけではなく、積極的に従業員一人一人を「病気にさせない」対応(“前始末”への重点化)を行おうとしている。こうした、積極的な保険者機能の発揮によって、財政的に厳しい条件下にある健保組合経営の健全化も視野に入れている。
     
    図表5 制度・施策一覧(健康保険組合提供)

     
     こうした積極的な健保組合側からの健康維持、医療費負担軽減を目指す対応を全体像を示したものが図表6である。
     
    図表6 病気にならない・させない環境づくり
    ~ Road to Health ~

     
     さて、急成長の経営実態から、その成長基盤となっている人材調達、育成の仕組み、そして福利厚生の概要についてみてきたが、全体的な総括を行っておきたい。
     まず当社は、近年の急速な企業成長、組織拡大に対して追いつくことの出来る、人材面での安定的な供給を行うことが大きな課題であったと考えられる。特に、足早な世界規模での出店戦略を支える店長人材の確保が、企業成長に必要不可欠なものであるため、その育成・支援システムとしての色彩が色濃く表れているといってよいだろう。
     また、実際に当社では早期での離職率も高く、人材の流動性は今なお高い。それは人材を「フロー」として捉えながら、当社での勤務期間において最大限の貢献を引き出すことが必要であったと考えられる。キャリアとしてじっくりと人材を育て、管理職として成長させ、次世代の若手を育成させていく、といった従来の日本の製造業での人材調達・育成モデルとは明らかに異なる。入社半年の新人に、店舗経営を委ねるという大胆な登用も、可能性のある人材には「やらせてみる」というリスクを踏まえた挑戦的な管理であり、ユニクロ大学といった支援装置は用意されているが、基本的には「従業員は自分自身で成長せよ」という方式である。
     結果的には、否応なく、経験の乏しい若年層にも業績に対する高い期待感が課され、責任感が求められる。その典型が店長職である。当然、高いストレス環境に置かれるためか、メンタル不全に陥る従業員も決して少なくなく、先の福利厚生施策として紹介した「長期欠勤期間(有給)」などを利用して、一時的に職場を離れるケースが少なくない。一旦、有給で休養して、再度、現場復帰することが期待された施策ともいえる。福利厚生を、ある意味で“野戦病院”として機能させようというようにも捉えられる。つまり、企業成長、組織拡大を支える不可欠な要素のひとつとしての福利厚生である。
     やや強調した性格付けを行ったようにも思うが、これが福利厚生の新しいあり方のひとつの典型例となるのかもしれない。
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